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住まいとは「暮らしを支える器」|多摩美術大学 建築・環境デザイン学科 橋本 潤准教授にインタビュー!

住まいとは「暮らしを支える器」|多摩美術大学 建築・環境デザイン学科 橋本 潤准教授にインタビュー!
2024年12月25日

インテリアや住まい方を考える際、建物や内装のデザインにとらわれすぎてうまく部屋をコーディネートできない人もいるのではないでしょうか。

今回は、世界三大見本市ミラノサローネの展示会「サローネサテリテ」での受賞歴を持ち、デザイナーとして働きながら教壇にも立たれている多摩美術大学建築・環境デザイン学科の橋本 潤(はしもと じゅん)准教授にお話を伺いました。

目次

監修者
『RASIK LIFE』編集長
工藤 智也

2023年にRASIKを運営する株式会社もしもへ入社後、『RASIK LIFE』編集長に就任。自身が持つ不眠症の悩みをきっかけに、寝具について学ぶ。睡眠検定3級。商品の企画・生産・品質管理・販売までを一貫しておこなっている会社の特徴を活かし、実際に商品をチェックしながら記事を作成。フォロワー数35万人超えのRASIK公式インスタグラムでは、商品のレイアウトなども公開中。
公式:インスタグラム

「お祓いしてもらえ」と言われるほど失敗を重ねた日々

多摩美術大学の資料室で話す橋本さんの写真

―本日はよろしくお願いいたします。まずは、デザインに興味を持たれたきっかけを教えてください。

橋本 潤さん(以下、橋本):小さいころから絵を描くことと電車が大好きで、絵描きの仕事や電車のデザインをしたいと思っていました。しかし「美大に入るためには、3年間の高校生活をすべて受験に費やさないと入れない」という噂を真に受けた当時の私は、美大以外で絵を描く受験科目があり、将来的に自分が好きなことを仕事にできそうな大学を探し、千葉大学工学部工業意匠学科(現在は工学部総合工学科デザインコース)に入学しました。

工業意匠学科は車や家電といった工業デザインを中心に学ぶ学科でしたが、さまざまな領域を広く学べる場でした。なかでも環境デザイン研究室の清水忠男先生が話してくれた「人の心理と空間の関係」が非常に興味深く、空間や環境デザインに興味を持つきっかけになりました。

卒業後は、清水先生に紹介してもらいインテリアデザイナーの内田繁さんの事務所に入りました。学生のころは、自分はそれなりにデザインができると思っていたのですが、実際の仕事をしてみると、何にもできないことを痛感させられました。内田さんのミラノサローネでの展示会を担当した際には、失敗を重ねすぎて内田さんに「お祓いしてもらってこい!」と言われたりしましたね(笑)

とても忙しい事務所でしたが、素晴らしいデザインを生み出し、ついていきたくなるような人間的な魅力がある人で、内田さんに育ててもらったという気持ちは強いです。内田さんがミラノで作品を展示する際は、スタッフとOBのグループ展を開かせてくれたり、社員旅行としてスタッフをミラノに連れて行ってくれたこともありました。

ミラノサローネの「サローネサテリテ」で感じたこと

橋本さんがサローネサテリテへ出展した「うすいいす」の写真

―ミラノサローネへ作品を出展するきっかけを教えてください。

橋本:独立して事務所を立ち上げた際に、世界的に有名なイベントのミラノサローネで賞でも取らないと世間に認知してもらえないと考えたんです。そこで、独立して1年経った2008年にミラノサローネの「サローネサテリテ」という若手デザイナー向けの企画へ出展しました。

無名のデザイナーが自分の個展を開いても、日本ではせいぜい数十人にしか見てもらえません。一方でサローネサテリテは「面白い若手がいないか」と、世界中からいろいろな人が見にきます。自分の作品を多くの人に見てもらえる場としても、サローネサテリテは魅力的でした。

私自身、2000年に始まったばかりのサローネサテリテを見に行った経験があります。世界中から集まった若手デザイナーの作品を見て、劣等感と焦りを覚えつつも「この場所は地続きになっている。世界は広いけどすごく遠いわけでもない」という感情を抱きました

それらの経験があったので、ミラノサローネで発表することを遠くない目標として持ち続けていたのだと思います。出展した結果、幸運にも賞をいただくことができました。自分のやってきたことが見当違いではなかったのだと思えた瞬間でした。

多摩美術大学との縁

多摩美術大学の資料室で働くきっかけについて話す橋本さんの写真

―多摩美術大学で働くきっかけを教えてください。

橋本:独立してしばらくしたころ、多摩美術大学から声をかけていただき2012年に非常勤講師として働きはじめました。

実は、環境デザインを志すきっかけになった千葉大学の清水忠男先生は、多摩美術大学出身なんです。清水さんのものの見方、考え方に大きな影響を受けたし、内田繁さんの事務所につなげてくれたのも清水さんでした。非常勤講師の依頼は清水さん経由で来たわけではないので単なる偶然ですが、不思議な縁のようなものを感じましたね。

また、インテリアコースの米谷ひろし先生は、内田さんの事務所で働いていたころの先輩です。米谷さんもサローネサテリテで大賞の受賞経験があります。尊敬できる先生や先輩が身近にいたことを考えると、私は人との出会いに恵まれたのだなと感じます

住む人の暮らしを意識した空間デザイン

橋本さんが設計した「百合丘の家」の写真

―マンションリノベーションの仕事ではどのようなことを考えていますか?

橋本:私は、空間のデザインとは「関係と時間をデザインすること」だと考えています。リノベーションでは「人と人」「人と場所」「場所と場所」の関係性や、一瞬の動作から一日の生活の流れ、年単位でのライフステージの変化まで意識しながら取り組みます。

また、「住まいは暮らしの器である」と考えているので、暮らしをしっかり支えられる空間の骨格を意識しています

個人的な好みではありますが、目的がしっかりとした部屋だけではなく、意図した余白をどれだけ作れるか、さまざまな居場所が緩くつながっている空間がいいと思っています。

マンションをはじめとした住宅リノベーションは「クライアントのやりたいことがすべて」である点が面白いと感じています。店舗の改装であれば従業員の視点やお客さんの視点、経営者の視点などをふまえる必要がありますが、個人住宅ではその人がどう暮らしたいかをひたすら一緒に考える感じです。

クライアントのなかには、旦那さんと奥さんの間でも意見の相違があったり、要望が相反しているケースもあります。そうした場合は、全員の意見や要望を一度受け止めつつ優先順位を考えます。

以前手がけた百合丘の家は、ご夫婦ともアパレル業界で働いてらっしゃったので、とても服が多いご家庭でした。奥さんがパタンナーをしており旦那さんがデザイナーで、「趣味も仕事も服」というご夫婦です。仕事と暮らしのバランスを加味して、ふたりにとって一番いい住まいを考えていきました。

また、デザインにおける「普通」とは何かをよく考えています。

美大生やクリエイターのなかには「普通とは退屈なことだ」という価値観を持つ人もいると思います。しかし「普通」の定義は人によって違いますよね。その点をどう考えたらいいかは、学生ともよく話しています。

私のなかにも明確な答えはありませんが「暮らす人にとって居心地がいいこと」は大切な普通の要素かもしれないと考えています。

椅子の可能性を模索した「うすいいす」と「あみのいす」

橋本さんがデザインした「あみのいす」の写真

―インテリアをデザインする際に考えていることを教えてください。

橋本:ミラノサローネに出展した「うすいいす」は、椅子のデザインの可能性を求める思考の実験として作っています。

もちろんクライアントの店舗や住宅に置く家具をデザインする際は、空間に対してどうあるべきかを考えていますが、クライアントがいる仕事とは別に、「うすいいす」のように、とにかく頭の体操のような面白いと思ったことを、実験的にデザインすることもあります

少し話が逸れますが、現存する最古の椅子は約4600年前に作られたエジプトの椅子です。その椅子の形が、私たちが椅子と言われたときに思い浮かべる4本脚のデザインなんです。以降、現代にいたるまで椅子の表現は、時代ごとの社会情勢や技術によって変わっています。

「うすいいす」は、4本脚の椅子のデザインを模索するために作った作品です。平らな一枚の板を折り曲げた作りでも、構造的に持つのではないかという実験でした。

2010年に発表した「あみのいす」も、フェンスで使うようなステンレスメッシュを1枚だけ使って作り上げた椅子です。この実験的な試みに興味を持ってもらえたのか、今年イタリアの美術館でおこなわれた企画展でも、「あみのいす」を展示してもらいました。

RASIKの第一印象は「穏やか」

RASIKのヘッドボード付きベッドの写真

―RASIKの家具を見た印象はいかがでしたか?

橋本:今回のお話をいただいたときに初めて拝見したのですが、穏やかな佇まいだというのが第一印象です

色のトーンも含めて自己主張しすぎないデザインが、居心地の良さに繋がっているという印象を持ちました。ストアのデザインからもそうした印象が伝わってきます。

しつこくトライ&エラーを重ねてほしい

研究室でインタビューを受ける橋本さんの写真

―最後に、授業で大切にされていることや学生へのメッセージがあればお願いします。

橋本:「気になったらとりあえずやってみよう。そして、いっぱい失敗しよう。」と学生には話しています。とくに1年生にはうるさいくらい言っています。

やってみようと声をかけても、不安に負けて足踏みをしてしまう学生が結構いるんです。授業で失敗しても大したことはないですから、とりあえずやってみるっていう選択をしてほしいですね。

大学での学びはプロセスがとても重要で、途中経過での失敗は大したことではありません。デザインに限ったことではないですが、できるまでどれだけ粘れるか、何かを掴むまで耐えられるかがクオリティに繋がります

何かを掴むときやレベルが上がるときって、自転車に乗る練習のように突然うまくいくんです。しつこくトライ&エラーを重ねることでこそ、人生は豊かになるのではないでしょうか。

―素敵なメッセージをありがとうございます。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。

多摩美術大学 建築・環境デザイン学科 准教授 橋本 潤】
1994年千葉大学工学部工業意匠学科卒業、1996年千葉大学大学院工学研究科工業意匠学専攻修士課程修了。1996年よりスタジオ80にて内田繁氏に師事し、2007年に独立しフーニオデザイン(Junio Design)を設立。
「うすいいす」は2008年のミラノサローネ DESIGN REPORT AWARDを受賞。主な業績に「リノアたまプラーザ」「リアージュ井の頭公園」「SUS gallery」「日山武蔵小山店」「NAGAE+神宮前本店」「瀬尾製作所本社」など。
2013年より多摩美術大学准教授。担当科目は「デザイン」「環境デザイン概論」「インテリアデザイン論Ⅰ・Ⅱ」など。