開放的な空間では家具が居場所を作る|関東学院大学 建築・環境学部 粕谷 淳司教授にインタビュー!
リビングダイニングやキッチンをはじめとした開放感のある空間では、家具選びやレイアウトに悩んでしまう人もいますよね。
今回は、建築家として空間のつながりを意識した住居設計を手がけながら、大学の教壇にも立たれている関東学院大学 建築・環境学部の粕谷 淳司(かすや あつし)教授にお話を伺いました。
2023年にRASIKを運営する株式会社もしもへ入社後、『RASIK LIFE』編集長に就任。自身が持つ不眠症の悩みをきっかけに、寝具について学ぶ。睡眠検定3級。商品の企画・生産・品質管理・販売までを一貫しておこなっている会社の特徴を活かし、実際に商品をチェックしながら記事を作成。フォロワー数35万人超えのRASIK公式インスタグラムでは、商品のレイアウトなども公開中。
公式:インスタグラム
学生時代のアルバイトで住宅設計の魅力を知った
―本日はよろしくお願いいたします。まずは、住宅設計に興味を持たれたきっかけを教えてください。
粕谷 淳司さん(以下、粕谷):大手電機メーカーで働くエンジニアの父親のもとで育ったからか、子どものころから自分は理系だという意識がありました。高校に入ってから、自分が将来何をしたいのかを考えた際に、電気や応用物理学といった「目に見えないこと」を考えるよりも「目に見えるもの」を考えるほうが好きだと考えたのが、建築学科を目指したきっかけです。しかし、そのときはまだ建築家がどういう仕事なのかあまりわかっていませんでした。
建築家になると強く決意したのは、大学2年生で専攻を選択するタイミングです。真剣に建築を考えるために、ある建築家の設計事務所でアルバイトをはじめたのですが、そこで天窓からコンクリートの壁に差し込む自然光の美しさ、シンプルな空間が作る凛とした空気感、注意深くデザインされた窓から見える木立の気持ちよさといった「住宅の魅力」をはじめて知ったんです。
それまでは漠然と、丹下健三さんや黒川紀章さんのように美術館や超高層ビルを作るのが建築家の仕事だと考えていましたが、アルバイトを通して大きな建築物だけが建築家の仕事ではないと知りました。
また、事務所には安藤忠雄さんやルイス・カーンの作品集があって、昼休みになると食い入るように読んでいました。このアルバイトでの経験や著名な建築家の作品を通して、自分は絶対建築家になると決心したように思います。
建築家と教員のふたつの立場から建築に関わる
―大学で働くきっかけについて教えてください。
粕谷:大学のころから「教えるのが上手だね」と友達にときどき言われていて、教えることへの興味はありました。ですが、自分が設計の仕事をはじめたときは、大学の専任教員になるとは全く思っていませんでしたね。
大学院修了後は研究室の先生だった大野秀敏さんの事務所に就職し、その5年後に独立しました。その後、妻(奈緒子さん)と一緒に事務所を立ち上げて仕事をしていたのですが、独立して10年以上が過ぎたあるとき「関東学院大学で教員を募集しているから、応募してみないか」と声をかけられたんです。
そのころ私たちは幸いにも、常に複数の住宅設計を抱えていましたが、一方で設計することに対して、ほんの少しだけ「慣れ」のようなものを感じ始めていて、そのことが気がかりになり始めていました。このまま私は住宅を設計し続けているだけで良いのだろうかとも思っていたんです。
住宅設計を依頼していただけるかどうかは、単に設計の上手い下手だけではありません。お施主さんの年齢や家族構成と私たちの年齢の関係、言い換えれば世代的なことも含めた価値観をお互いに共有できるかどうかも、実は大切な要素です。今はうまくいっているように思えても、10年、20年後を考えた際「大好きな住宅の設計を続けながら、もっと違う形でも建築に関わらないといけない」という意識を持ちはじめていたんです。
大学の教員として「いままでとは異なる形で社会や建築に関われること」「学生のころから感じていた教えることの有意義さ」「学生から学ぶ面白さ」などが、教員になったきっかけだと思います。
「nLDK」から空間がつながった家づくりへ
―住居を設計する際に意識していることはありますか?
粕谷:お施主さんとのやり取りを通して、「表面的な要望」の奥にある「根本的な願望」を実現させたいと考えています。また、設計時には窓と階段にはとくに気を使っています。一般的な「nLDK」のように部屋を区切らない家づくりも意識しています。
戦後、日本の家がそれまでの和風の作りから「nLDK」に移行した理由は、一般的には「個人の重視」と考えられていますが、その陰に隠れたもう一つの理由はヒーターやエアコンなどの冷暖房設備の普及だと考えています。当時の住宅では、冷暖房設備を効率よく使うために部屋を区切らなければいけませんでした。しかし現代は住宅の断熱性能が向上し、むしろ家全体を緩やかにつなげることで健康的かつ効率的に空調を管理できます。
具体的な設計としては、人の居場所が見え隠れしつつ、連続していくような作りを意識していますね。階段は単なる登り降りのためだけでなく、上下の空間をつなげる装置だと捉えています。内と外をつなげる窓については、風景や風通しだけでなく、窓から室内へ入った光がどのような効果をもたらすかを考えます。
また、そうして空間がつながった家では、家具が個人の居場所を作る要素となります。「nLDK」の家以上に、どんな家具をどこに置くかがより重要と言えるでしょう。
自宅のインテリアについてのこだわり
―自宅のインテリアへのこだわりについて教えてください。
粕谷:私は自分が設計した集合住宅の2部屋を自宅とオフィスに使っているのですが、設計時には住宅とオフィス、どちらの使い方にも対応できるような「ニュートラル」な空間づくりを意識しました。たとえば、冷蔵庫用のスペースにコピー機を置いても違和感がないようにしています。
建物には満足している一方で、部屋に置く家具には悩んでいますね。集合住宅なので一般の方に部屋を貸しているのですが、メンテナンス関連で部屋を見せてもらうと、みなさんとてもおしゃれに住んでいるんです。奈緒子さんと「僕らの部屋が一番デザインできていないかも」と話したこともあります(笑)。
ただ、家具はとても好きですから、吟味して選ぶようにはしています。たとえば椅子やソファを買う際は、必ず実際に座って使い心地を確かめます。とくにソファの場合、短時間での座り心地と長い時間過ごす際のくつろぎやすさは別なので、慎重に選ぶようにしていますね。
RASIKの家具は「ベーシック」な印象
―RASIKの家具を見た印象はいかがでしたか?
粕谷:RASIKの家具には、使いやすさとシンプルさを備えた「ベーシック」な印象を受けました。商品を選ぶうちに、自然と部屋全体のコーディネートができあがるのではないでしょうか。
私が住宅のインテリアや建築をデザインする際は、場所が個性を持ちすぎないようにしています。場所とは家族の生活の土台や背景になる部分であって、個性とは家族そのものにあると考えているからです。
RASIKの家具も、それ自体が存在感を放つのではなく、周りに飾られるぬいぐるみや写真が個性として反映される空間に仕上げられる点に魅力を感じました。
「よきプロフェッショナル」とは「よき素人」でもある
―最後に、授業で大切にされていることや学生へのメッセージがあればお願いします。
粕谷:授業では私の価値観を押し付けるのではなく、学生が育ってきた環境や持っている価値観を尊重しつつ「少し新しいものの見方」を加えるため、学生との対話を大切にしています。
また、最新のインテリアや建築に対する「アンテナ」を張っている人は多いと思いますが、私はより幅広い物事、とくに人の生活に対する興味を持つことが重要だと考えています。
私は住宅以外にもオフィスやワイナリーを設計していますが、建築設計の専門家である一方、オフィスでの専門的な仕事やワイン造りについては素人です。同じようにそれぞれの家族には異なる生活があり、その生活に対して自分は素人であると言えます。
「自分は知らないことのほうが多いんだ」という謙虚さとともに、相手の言葉に耳を傾けられるかが大切です。よきプロフェッショナルとは、よき素人でもあると言えるのではないでしょうか。そういう意識を常に持ち続けてほしいと思います。
―素敵なメッセージをありがとうございます。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
【関東学院大学 建築・環境学部 教授 粕谷 淳司】
一級建築士。カスヤアーキテクツオフィス一級建築士事務所代表。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。株式会社アプル総合計画事務所(建築家:大野秀敏)に勤務後、2002年カスヤアーキテクツオフィス設立・主宰。
代表作に「八ヶ岳の山荘(2020年度中部建築賞・住宅部門入選)」「安曇野の山荘(JIA優秀建築選2016他)」など、主な著書に「現代住宅空間設計 日本建築師作品選」、「改訂新版 建築を知る:はじめての建築学」「新版 住宅をデザインする: はじめての建築学」、「一生使える!住宅の高さ寸法」などがある。
関東学院大学には2013年に専任講師として着任し、2018年より准教授、2024年より教授。担当科目は「建築設計製図III」「すまいデザイン論」「すまいデザインスタジオI」「建築デザインスタジオII」など。